鎌倉高校の何気無い日常 再び 6







敦盛は2班の女子(望美を除く)から、皮を剥いたカボチャの入ったボウルを受け取ると、
作業の先行している他の班を見よう見まねで、ボウルの中のカボチャを軽く潰すと
こし器の上に置き、ひたすら木ベラを動かすのだった。


  「(あ、熱くないのかな?)」


  「(熱いに決まってるじゃん)」


  「(女子! 見てねぇで、だったら自分の班の裏ごし、やってくれ!)」


  「(うるさいわね、熱いだの辛いだの!)」


  「(平さんなんて『熱い』って一言も言わずにやってるじゃない!)」


  「(そこ、基準!?)」


  「(……にしても、あいつ、熱く無ぇのか?)」


注目を浴びているのは何となく気付いていたが、敦盛は今、この『裏ごし』という作業に没頭していた。


カボチャの黄色い塊を、強すぎず弱すぎず『木べら』という笥子けこの仲間のようなものを使ってしごくと
こし器の下には、滑らかなカボチャの塊が押し出されるのだ。
それだけでも、敦盛には珍しくも面白い作業なのだが、
これがプリンになると思うと、その作業に一層熱が入るのだった。


  「ほらほら他の班も、2班、というより平君を見習って、
   『熱い』だの何だの騒いでないで、素早く作業を進めてね!」


  「先生! でも、熱いものは熱いです!」


同じ班の女子が呆れて言葉をはさむ。


  「泣き言なんて情けない。敦紀さんの方が、よっぽど男らしいわよ」


  「カボチャの裏ごしできたら、男らしいのかよ」


  「泣き言言わずに、黙々と作業する姿が、よ」


  「チェ。『黙々と作業』とか言って、要は見てくれなんじゃね」


  「当然でしょ。あんた、毎日学校に来てるって事以外で何か敦紀さんに勝ってるものあるの!?」


  「! ……、け、健康でいいじゃんか……」






  「敦盛さん、手、熱くないですか? 火傷とかしてません?」


すぐ耳元で聞き慣れた神子の声がして、敦盛は我に返る


  「み、神子!」


柔らかな桜色の髪が頬に触れたような気がして、敦盛は飛び退くように身を引いた。


  「? どうしました?」


  「い、いや……大丈夫だ」


  「ホントですか? 敦盛さん、指を火傷なんかしたらそれこそ大変ですからね」


  「いや、そのような心配は詮無きこと。私は…」

   (そうだ。私がここにいるのは、カボチャの裏ごしなどのためではなかった。
    神子と御学友を危機から御守りするため。将臣殿、すみません。
    不詳敦盛、危うく裏ごしの、いやプリンの誘惑から、将臣殿の策を忘れるところでした)


  「指、見せてください」


  「い、いや、大丈夫だ」


  「ほら」


柔らかく笑いながら望美は、敦盛から木ベラを取り上げると、両手首を優しく掴み、


  「そんなに握りしめないで、指、パーにしてください」


  「ぱぁ?」


  「真っ直ぐに伸ばしてください」


  「わ、分かった」


敦盛が指を伸ばすと、


  「よかった。特に赤くもなっていないから」


その望美の声に被るように


  「わぁ、平さんの指、綺麗」
  「ほんと」
  「ハンドクリームとか、何、使ってます?」


と、いつの間にか望美の後ろから覗きこんでいる2班の女子が溜息まじりに言った。


  「は、はんどくりむ?」


  「たぶん、敦盛さんはハンドケアなんて、何もしてないんじゃないですか?」


  「はんどけあ?」


  「え〜と、手や指に何か薬やクリームを塗ったり、マッサージしたり、とかってやってます?って事です」


  「外から帰った後と、食事の前に石鹸で手洗いをしている」


  「それだけ?」
  「ですか?」
  「ホントに?」


  「ああ」


  「ネイルも、何の手入れもしていないの?」


  「あの、『ねいる』とは何のことなのだろうか?」


  「爪のことです、敦盛さん」


  「いや、爪など特にはなにも」






  「(あ〜あ、2班の女子、有川との約束、脆くも崩れ去ったな)」


  「(ま、30分近く保っただけでも、頑張ったんじゃね)」


  「(大丈夫なのか?)」


  「(何が?)」


  「(有川の作戦が、さ)」


  「(まだ、大丈夫じゃね? 要は、春日に調理させなけりゃいいんだろうから)」


  「(というわけだ。俺達がさいごの砦だぞ)」


  「(そうか……。じゃぁ、菊池、その裏ごししたやつ、取ってくれ)」


  「(加藤、どうすんだ?)」


  「(『どうすんだ』って、もうこの班の女子は使い物んなんねぇんだろう)」


加藤が顎で示す方には、平敦盛と春日望美を囲んで談笑する2班女子3名の姿があった。
しかも、他の班の女子もその姿を、羨望の眼差しで見つめているのだった。


  「(鈴T、注意しねぇのかよ)」


  「(ダメダメ、鈴T、レンジとオーブンにかかりっきりだから)」


と調理室後方の大型レンジとオーブンの方を見遣る。


  「(あれ? いないぜ)」


  「(へ?)」


  「(どこ行ったんだ?)」


  「(お前ら、気付いてなかったのかよ)」


  「(木下、何をだ?)」


  「(あの集団の、春日の隣)」


  「鈴T!」
  「鈴木先生!」


  「(シッ! 声がでかいって)」


  「(だって、なぁ)」


  「(ネイルの手入れがどうとかって言ったのも鈴Tだぜ)」


  「(ま、鈴Tも女だったってことか)」


  「(あ〜あ、2班どころか、両隣の1班と3班の女子も集まってきちまったぜ)」


  「(じゃ、ここは)」


  「(どうするつもりだ、菊池?)」


テニス部菊池は、やおら叫んだ


  「野郎ども! いまこそ男の力を見せつける時だ!」


その声に、教室中の男子生徒が呼応して


  「おお!」


と鬨の声をあげた。


  「(こう言やぁ、女子だって気付いて)」


  「(なるほど。女子の良識に訴えるわけね。さすがテニス部部長!)」


しかし、菊池の思惑は外れる。


  「へぇ、『男の力』。じゃ、見せてもらうねぇ」


そう言って、調理室中の女子が敦盛の近くに集まってしまった。


  「菊池ぃ。お前、女子に口実、与えただけなんじゃね」


  「実に見事なリターンエースを決められたもんだ」


  「え、あれ? そんな…。お〜い、女子の皆さ〜ん」


しかし女子からは


  「菊池、頑張れぇ」
  「男子、料理の『力』、見せてねぇ」


とエールが贈られるばかりだった。


  「ちぇ……、とりあえず冷めちまうから、やるか」


  「あ、ああ。そうだな」


  「じゃぁ、タマネギとジャガイモ取ってくれ。オレ、スープの方、やるから」


  「ジャガイモって、この水につけてあるやつだよな」


  「そうそう」


  「じゃぁ木下、野菜と牛肉、適当に切っといてくれ」


  「ああ、俺が『夏野菜と牛肉の煮物』担当ってことな。分かった」


  「じゃぁ、オレが」


その時、


  「これを」


と裏ごししたカボチャを渡したのは、女子の輪の中心に居るはずの平敦紀その人であった。


  「ほえ」


と間の抜けた声を出した加藤に、口元を引き締めた敦盛は


  「手伝わせて欲しいのだが、良いだろうか」


と訴えかけるのだった。


  「え? あ、ああ。なあ」


と加藤は自分の耳が熱くなるのを感じ、凝視する敦盛から視線を逸らし、他の男子班員に訴えた。


  「いいけど。いいのか?」


何だか分かったような分からないような言葉を菊池は返してきた。


  「私とて男子の端くれ。足手まといかもしれぬが、御助力致したい」


そう、菊池の眼を見て真顔で言う敦盛に、


  「お前、いい奴だな」


そう言うと加藤は敦盛に、


  「これに卵と砂糖を入れて、よく掻き混ぜてくれ。ただし、泡立てるなよ、絶対」


と言って、別のボウルを渡した。


  「分かった。泡立てずに、よく掻き混ぜるのだな」


そう言って敦盛は柔らかく笑った。










第1会議

室のドアが閉まる。


  「え〜、全員お揃いでしょうか? では。コホン、緊急にお集まり頂いたのは他でもありません。
   急な話で申し訳ありませんが、5限の授業に、本日来校している聴講生、平敦紀君を招いての
   特別授業を国語科で実施することとなりまして」


  「次、4時間目だよな」


  「本当に急な話ですね」


  「ま、いろいろあったんだけど、主任が5時間目を他の教科から勝ち取ったんだよ」


  「主任、また訳の分かんない屁理屈、強引に押し通したんだろ」


  「その通りなn」


  「エヘン。斉藤先生、時間がありませんので。いいですか」


  「あ、ごめん」


  「で、誰がどこのクラスでやるんですか?」


  「5時間目に国語科で授業があるのは」


手を挙げたのは3人。国語科主任は教員の授業時間表と照らし合わせながら


  「有住先生の3−1の現代文。深沢先生の3−4の国語演習。それと内田先生の2−3の古典…
   ウッチー、今日はどっち、古文? 漢文?」


  「え? はい、古文です」


そう内田教諭は答えた。


  「古文…、そう」


  「意外と少ないんじゃん」


  「特別授業っていうくらいだから、なにも授業のあるところでなくても」


  「誰か、やりたい人いる?」


主任が一同を見渡すが、誰も何も発言しない。


  「いい? 後でオレがやりたかったぁって言わない?」


  「言わないよ。てか、一番言いそうなの、主任じゃん」


  「僕はいいよ。他の人も異存無いですね。ホントは相馬先生の1−4、国語総合ってのもあるけど」


  「それ、地理の雨宮先生がもらったって」


  「相馬の現代文がアメさんの地理かよ。生徒はパラダイスだな」


  「自習にしなかったんだ」


  「相馬君が生徒を遊ばせるなんてするわけが無いだろ」


  「ええと、じゃあ時間も無いからさ、3人でジャンケンでもして」


そう言いかけた斉藤を制して主任が


  「いや、ここは主任ぼくの推薦でウッチーの2年古文でどうでしょう」


  「え! わ、私! …ですか?」


  「ああ、いいんじゃないっスか。ボクの現代文はもう3時間やってるからね。
   夏目漱石、途中からってのは辛いでしょ。ね、深沢先生」


  「ああ、そうですね。しかも評論『私の個人主義』ときてるし。
   オレの演習も問題集の7番の解説だからね。予習して無ぇとまったく解んねぇだろう」


そう、2人して何やら意味ありそうに笑うのだった。


  「ウッチーの2−3、古文は今日から新しい単元だったよな」


  「え、主任、どうしてそれを…。……はい」


  「『方丈記』が終わって、次は」


  「『平家物語』です、『平家物語』の冒頭。教科書74ページから」











11/03/19 UP

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